吸血上司と始めるまずい関係

あらすじ

肉食女子ライフを謳歌していたファッションデザイナーの富田響、27歳。そろそろ結婚したいとロック・オンしたのは、社内一キレ者でイケメンの諏訪雅人! 帰国子女と噂の彼は、輸入販売部のバイヤーとして英語力を買われ途中入社してきた人。営業部の手伝いをするうちに本職の社員を抜いてトップセールスマンとなり、現在は両部署兼任する課長様。この超優良物件、絶対にオトしてみせると心に誓って接近したものの…なんと彼は処女の血をこよなく愛すヴァンパイアで――!?

キャラクター紹介

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富田響

アパレル会社トパー
ズでアッパーミドル
向けブランド「ベラ
ドンナ」の企画デザ
イン職として働く。

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諏訪雅人

仕事ではマダムキラ
ー、プライベートで
はヴァージンキラー
と噂のイケメンなハ
スペック課長様。

試し読み

 なすすべもなくぐったりと諏訪課長の胸に体を預けると、頬に優しいキスが落ちてきた。
「響は敏感だな。感じている声、すごく可愛かった」
「……諏訪課長が……上手すぎなんです……」
 私の言葉に嘘はない。
 ここ数年、不感症ではないかと疑うほど、淡々と受け入れるのみのセックスしかしていなかった。
 演技で声を出すつもりもないので、男たちはそんな私に苛立って強い愛撫で攻めてくる。そして私は感じないどころか痛みを得るという悪循環な時さえあったのだ。
 諏訪課長……もう指とだけでもいいから結婚したい。
「立てる? ベッドに行こう」
「……は、い……」
 半分持ち抱えられるように私はベッドに運ばれる。
 もうどうしようもないくらい諏訪課長を求める自分がいた。早く繋がりたい。
 エアヴァージン響じゃなかったら、自分から押し倒してしまいたいほどだ。
 だけど今日は〝富田響、処女二十七歳。ベッドの上でがんばる婚活女子!〟なので、築地の高級黒マグロでいなくてはならない。
 ベッドに横たわると諏訪課長も横に並び、私を抱き寄せてきた。
 彼は私のこめかみにキスをしながら、さりげなくゴムで留めてあった私の髪を解くと、手ぐしを入れるように頭を撫でてくれる。
「怖い?」
 諏訪課長にそう聞かれ、私はしばし何が怖いのか考えた。
 あぁ、処女の破瓜が怖いのか、と気がついたのは約五秒後。内心は早く欲しくて堪らない。
「怖いけど……諏訪課長と早く一つになりたいです」
 語尾にハートを漂わせつつ、私は恥らうふりをして彼に抱きつく。
 体を寄せると腰の辺りに課長の社長が当たって、私はその雄々しさにゴクリと唾を飲み込んだ。芯は鉄のように硬いのに外側には弾力があって、先端は発火しそうなほど熱い。
 いつもなら興味津々で触っているところだけど、たぶん今は触っちゃ駄目だよね? マグロには手がないもん。
 だけどニギニギできない欲求不満も、諏訪課長のキスで吹っ飛んだ。
 優しいキス。蕩けるキス。
 愛されてるんだって勘違いしちゃいそうなキス。
 いや、愛されているのかもしれない。うん、愛されているのだろう。
 全てを舐め取っていくように、私の唇から離れた彼の唇は、喉をするすると滑り降りて胸の谷間に辿り着く。
 膨らみが始まる部分から舌を這わせ、頂点にやってきた舌に乳首を転がされ、私はため息を漏らした。
 彼の優しさが触れた場所から染み込んでくる。癒しと官能、両方を巧みに操りながら彼の唇は私の性感を再び掘り起こしていった。
 諏訪課長……もう唇とだけでもいいから結婚したい。
 私がそう思った時、その唇は私の下半身に到達して思わず身をよじった。
 諏訪課長は私の太腿を大きく広げると、その内側にキスをする。
 尖らせた舌の先で膝裏から太腿の付け根をツツーッと舐め上げられて、私はくすぐったさと快感で声を漏らした。
「……ぁあ……ぁ、ぅん……」
 舌がどんどん敏感な部分に近づいてきて、心臓が痛いほどに高鳴ってくる。
 彼は花肉を分け進んでくると、芯の部分を上下の唇の間に挟み、くちゅり、と吸った。
「っ! はぅ、んん……」
 思わず彼の柔らかな髪に指を絡め、両脚は彼の背中を抱え込む。止まらない嬌声とちゅる、ちゅる、と蜜を啜る淫靡な音が静かな部屋に響いた。
 諏訪課長は舌だけでなく、口全体を使って私のそこをたっぷりと愛してくれる。
 花芯を舌全体で包み込んで振動を送り、時に優しく吸い上げ、根元から押し……私の反応に合わせて強弱を使い分け、獲物を味わい尽くす。
「あ、あ、……や、あぁん……や、あ……」
 吐き出す気息は全て喜悦の声となっていく。頭の片隅で、処女ってこんなに喘いでもいいのだろうか? と思うのだが声は止まらない。
 体の奥から蜜が湧き、熱い体液が彼の唾液と混じって垂れていくのを感じた。
 時折、彼の舌はその雫を啜ると、敏感な芯の上に垂らす。たっぷりと粘液を纏わせた状態で、くにくにと舌全体でそこを押しつけ擦られると、電気が走るよう体にビリビリと快感が広がっていった。
「も、だめ、だ……め、や」
 一度達して敏感になっている私は、どんどん高みに昇っていく。
 子宮が収縮して体が痙攣する。内腿はヒクヒクと震えて止まらなくなっていた。
 気持ちいい、気持ちいい……。
 もうそれだけしか考えられない。
「い、……んん……あぁ!」
 背中を大きく反らせた瞬間、二度目の絶頂がやってくる。高く飛ばされるような感覚に恐怖さえ感じ、私は夢中でシーツをつかんでいた。
 諏訪課長の背中に回した脚はビクビクと痙攣したあと、彼の上に力なく落ちる。
 もう……なんだか……マグロって感じじゃない。生きたまま捌かれる海老みたいな気分。
 諏訪課長の愛撫、丁寧で優しくて……怖いぐらい感じてしまう。
「やっぱり響は敏感だ。それに濡れやすい」
 やっと私から唇を離した諏訪課長は、そう言ってまた悪戯っ子のように微笑んだ。
 だけどその瞳は男の欲望でギラギラと輝き、悪戯っ子では済まされない迫力がある。
 求められている、そう思うと達したばかりにもかかわらず体の奥が甘く痺れた。
「響はリラックスしていていいから。痛かったらいつでもやめる。怖がらないで」
 そう言いながら諏訪課長は避妊具に自分の猛りを包むと、濡れそぼっている蜜口に押しつけた。
 私はまだ絶頂感の最中で朦朧としながらも、ゆっくりと侵入してくる熱を感じ慌てる。
 今日の私は処女、今こそ演技が必要だ。
 私は侵攻してくる彼を押し出すように骨盤低筋を締める。
 毎日膣トレしている成果を今見せなければ。レッツ、エアヴァージン!
「あ、ぃや! 痛い……」
 痛くなんてないのだが、私は下半身に力を入れ、苦痛に歪んだ顔をしてみせる。
 富田響の処女を奪った諏訪課長には責任を取って頂きたい。
「ぁぁ……すごく狭い……」
 骨盤低筋をがっつり締めているので、挿れ難いのだ。諏訪課長は最初より力を入れて挿入してくる。
「あぁ……」
 ぐにゅり、と愛液に滑りながらそれが入った瞬間、二人して同じ声を漏らしてしまった。
 やっぱりすごくいい感じ。大きめなので膣道が上下左右に広げられ、ぴったりと彼の形になるようだった。
 そこに留まっているだけで、体の奥から溢れる蜜が彼の欲望を包み込んでいく。
 早く動いてほしい、それなのに諏訪課長は私の顔を覗き込んで動かない。
 欲望を宿しながらも心配そうな瞳に出会い、私は彼の気遣いを知った。
 痛くないか、体がしんどくないか、〝初めて〟の私を気遣っているのだ。それを知った瞬間、私の心臓はトクトクと再び高鳴りだしていた。
 男ってベッドの上でこんなに優しかったっけ? 付き合ってもいないのに……私が処女だから? もし処女ではないと知ったら彼はどんな風に私を扱うの?
「どう? ゆっくり動くよ」
「……はい……あの……諏訪課長も気持ちよくなって下さい……」
「……響はいい子だな……」
 チュッと私のおでこにキスをして、諏訪課長はゆっくり動きだす。
 まずは慣らすように浅い部分で丁寧に抽送したあと、彼はズズズ……と一番奥まで到達した。反り返った亀頭部分が、私の内側を擦り上げる。
 子宮口を押し上げるように貫かれると、じんわりと甘い疼痛を深いところで感じた。すぐにそれは痛みから完全な快感に変わっていく。
「ん、んぁ、ぁ……」
 ずん、ずん、と突かれるたびに声が出てしまう。手で口を塞ごうとすると、大きな手が私の手を封じた。
「声、我慢するな……そのほうが響も気持ちよくなれる」
 ギラついた瞳で私を見つめながらそう言われ、今日は処女だから感じちゃ駄目だと思いながらも、私はますます細い声を唇の隙間から漏らしていた。
 熟しきっている果実が潰れるように、私の内側では果汁が溢れ出している。
 諏訪課長の猛りはぬちゅ、ぬちゅといやらしい音を立てながら、雫をかき出すように動いた。
「響のナカ、気持ちいい。我慢できない。もう少し……早く動くよ」
「あ! ぁ、や、んん!」
 宣言と共にドンッと一気に貫かれ、私は啼いた。
 力強く突き上げられるたびに、快感が全身に満ちていく。
 もう自分が処女設定であるということも忘れ、私は乱れる思考でいつの間にか呟いていた。
「あ、溢れる……溢れちゃう……」
「ん? 何? 響、何が?」
「気持ちよくって……溢れちゃう……」
「ああ、溢れてるよ。もう……響が溶けて溢れてるのが分かる」
 そう言って諏訪課長は身を屈ませ、私の首筋に舌を這わせる。同時に休むことなく私の媚壁を押し広げながら抜き差しを繰り返す。
「響、もう、俺も限界……」
 熱い唇で私の首筋を吸いながら、彼はそう宣言した。
 内部で彼が脈打つのを感じられるほど、私たちはぴったりと繋がる。
 その瞬間だった。チリッと血液が沸き立つ感覚があったあと、一気に全身が快楽に支配される。
「あぁ! や、ぁ、あ! いぃ!」
 自分でも驚くような絶頂感がやってきて、私は鋭角に快楽の山を駆け上がる。
(なにこれ……)
 体中を痙攣させながら、私は絶頂の最中に衝撃を受けていた。
 すごく、すごく、気持ちいい。今までに感じたことのない強烈な快感。
 絶頂の極みから私は降りてくることができない。足元がふわふわと浮いているような感覚が長く続き、その間ただ私はビクビクと体を震わせ続けていた。
 体中の血液が熱く沸騰しているようだ。
 突然、とろりと甘い空気を切り裂くように、諏訪課長が叫んだ。
「ま! マズ!!」
 イッたばかりでぼんやりしながら私は自分の耳を疑う。
(まず? まずいって言った?)
「う、ぐ、うぇっ!」
 ヒキガエルのような唸りを上げたかと思うと、諏訪課長は私の上から転がり落ちるように、ベッドから飛び出した。
「マズ! マズ!!」
 一瞬前まで喘ぎ声に満ちていた部屋に、諏訪課長の断末魔のような声が響く。
 何? 何事?
 わけが分からないままふっとベッドに視線を落とすと、シーツに鮮血が点々と付着していた。
(血!? 私、処女だったの?)
 ……いや、落ち着け。そんなはずはない。
「諏訪……課長?」
 ついさっきまで私の上で腰を振っていた諏訪課長は、ベッドサイドで口元に手を当ててゲホゲホと咳き込んでいる。
「諏訪課長、大丈夫ですか?」
 苦しそうなので背中でも擦ろうと、彼に近づいた私は見てしまった。
 諏訪課長の口元が、鮮血で真っ赤になっているのを。
 血を吐いている!?
「諏訪課長! ちょ……大丈夫ですか!? 救急車……」
「お前!! ぜんぜっっっん処女じゃないだろう!!」
「へ?」
 血を滴らせた口で諏訪課長は私に吼えた。
 でもその吼えたのが悪かったのだろう。「ウッ!」と声を詰まらせると、彼は両手で口を押さえて慌ててバスルームへと駆け込んでいく。
 ほどなくして「うぇ~、ぐぇ~」とバスルームから嘔吐する音が聞こえてきた。
 私は諏訪課長に怒鳴られたことよりも、尋常でない様子の彼が心配で堪らない。彼の最期をここで看取るなんて、結婚する前に未亡人じゃないか。
 様子を見に行こうとした私は、その時になってやっと気がついた。
 私の首周りも鮮血で赤く染まっている。
 まさか自分の血なのかとも疑ったけれど、どこにも痛みはない。
 ただ諏訪課長にキスをされた首筋に触れると、じんわりと気持ちいい不思議な感覚があった。ティッシュで血を拭き取って鏡でチェックしてみると、がっつりキスマークがついている。
(十代でもこんな派手なキスマークつけないよ)
 思いのほかやんちゃな諏訪課長の行為に呆れていたら、バスルームから当のご本人が真っ青な顔をして出てきた。
「諏訪課長、大丈夫ですか?」
「……大丈夫ですか? じゃねーよ……ったく! お前、今まで何人の男とヤってきたんだ! 俺を殺す気か!」
「へ?」
「とにかく、処女だと偽ったことを俺に謝れ!」
「へ? ……ごめんなさい」
「……はぁ……」
 そこまで一気に私を怒鳴って、諏訪課長は力尽きたようにベッドに座り込んだ。
 口の周りの血は綺麗に拭き取られ、嘔吐も治まったようで、一見いつもの諏訪課長だけれど病み上がりのように弱々しい。
 私は裸のままの彼にガウンをかけ、ミネラルウォーターをコップに入れて手渡す。
 諏訪課長はミネラルウォーターを一気に飲み干してしまうと、ぐっと体を伸ばして深呼吸をした。
「……悪い。突然怒鳴って……」
「いえ……あの……私もごめんなさい。でも色々わけが分からないんですが……」
「そうだな……説明するよ。富田も何か着たら?」
 私は諏訪課長にガウンをかけておいて、自分は裸のままだった。ラブホ独特のチンチクリンなガウンに袖を通しつつ、私は思う。
(処女だと「響」で、非処女だと「富田」なの!? 人種差別じゃないか)
 さっきまでセクシーな艶声でヒビキ、ヒビキって呼んでくれていたのに、この手のひら返しっぷり。
 腹が立ってきて私は我を忘れた。というか、隠していた本性を現した。
「私、処女だから!」
「え? ……何言ってんだ、富田? 処女じゃないだろお前。さっき自分で認めて謝ったじゃん」
「あんなの誘導尋問じゃない! とにかく私が処女だって言ったら処女なの。マ・サ・ト」
 そっちが私を名前で呼ばないなら、私が呼んであげよう。
 諏訪課長改め雅人は、突然名前呼びされて気に障ったのだろう。ピクッと眉を歪ませると冷たく言い放った。
「いや、君は間違いなく複数の、それもかなりの人数と経験があるはずだよ。ト・ミ・タ!」
 そう雅人に言いきられた私は、ぐぅと声を詰まらせる。
 この男、まさか私のストーカーで私の性生活監視をしてきたとか!? ストーカーなら正直にそう言え。結婚してやる。
「俺、血で判るんだよ」
「へ?」
「君の血飲んだ。腐った魚の血の味がした」
「げ!」
 私の血が腐った魚の血の味!?…いや、引っかかる部分はそこじゃない。
 諏訪雅人、なんで私の血を飲んでるの!?
「あの……雅人、私の血、飲んだの?」
「飲んだよ、富田。全部吐いたけど、富田」
「……」
 もうなんかね。
 血を飲まれたことよりも、大事なことなので二度言いました的に「富田、富田」言われるほうが気になる。
 そして不味いのか、私の血。
 腐った魚の血の味なのか、私の血。
「あの……雅人って……もしかして吸血鬼ってやつ?」
 自分で〝吸血鬼〟と言っておいて、そのあまりにもファンタジーな響きに私の頬は緩んでしまった。
(吸血鬼って……何言ってんだ私)
 思わず自分でツッこんでしまったが、横目で雅人の様子を窺うと、彼は思いっきり不機嫌そうな視線を私に送っていた。イケメンしょうゆ顔に睨まれると怖い!
「吸血鬼じゃなくてせめて吸血人間と言ってもらいたいな。自分では真っ当な人間のつもりだ」
 真っ当な人間はセックスしながら相手の血を飲んだりしないだろうと思いつつも、彼がすごく苛立っているのが感じられたので私は反論を控えた。
 どうやら彼は処女の血を飲みたかったのに、当てが外れて怒っているらしい。
「……あの……じゃあ吸血人間の雅人に噛まれた私も吸血人間になるの? ドラキュラの花嫁的に……私、花嫁?」
「そんな化け物じみた能力はないよ、俺は人間だからね。特殊能力ゼロ。普通の人間と全く一緒。時々血を飲むだけだ」
 ラッキー花嫁になり損ねてがっかりだけど、イライラした様子で話す雅人を見ていたらなんだか気の毒になってきた。
 お腹が空いているならちょっとぐらい私の血を飲ませてあげたいところだけれど、腐った魚の血では役に立たない。
 なんとか慰めてあげたいと余計な気を揉んだ私は、余計なことを思い出してしまった。
「あのね、昔セックスの時に私のオシッコを飲ませてほしいって言う男がいたの……それと似たようなものだよね。性癖っていうか、吸血癖。もしくは吸血フェチ?」
「……富田、お前……」
 怖い、怖い。雅人の表情がますます固まり私を凝視する。
 慰めたかっただけなのにどうやら間違った発言をしてしまったと悔やんだ瞬間、その素敵なしょうゆ顔がニヤリと笑った。
「お前バカだろ? 今まで仕事のできるしっかりした女だと思っていたけど、お前は相当なバカだろ」
「失礼な……バカじゃなくてちょっぴりお股が緩いだけの女です。雅人だって仕事のできるヤリチンだと思っていたけど吸血フェチじゃん。お互い様でしょ」
 私がそう言い放つと、雅人は「ふん……」と鼻を小さく鳴らして苦笑する。
 強張っていた顔がちょっと緩んで、口元に笑みが浮かんだ雅人を見て私はほっとした。
 ほっとすると同時に、胸がキュン、と鳴った気がして焦る。
(何だ? 今のキュンは?)
 こんなだらしない私だけど、仕事だけは本気で向きあっているので、〝仕事ができるしっかりした女〟と言われて嬉しかった「キュン」だろうか? それとも何か違う「キュン」なのだろうか?
「まぁ、そう言われればお互い様だな。俺も隠し事をしていたし、富田も隠し事をしていた」
「雅人と私の秘密だね」
「俺を名前で呼ぶな」
「ぃで!」
 フレンドリーに微笑んであげたのに、雅人におもいっきりデコピンをかまされて私は悶絶した。長い指で繰り出されるデコピンは強烈に痛い。
 ちょっと前までその指で私を感じさせてくれていたのに、えらい違いだ。ビッチで迫害されるなら、淫乱保護法とか必要かも。
「俺は二時間ほど仮眠して帰るけど、宿泊で入ってるから富田は朝までいるなり好きにしたらいいよ。ここを出たら今日のことはお互い忘れよう。なかったこと」
「え? なかったこと……」
「そう、なかったこと!」
 そう言い終わると雅人はベッドを大きく軋ませて、隅っこのほうで横になった。
 私もどうしていいのか分からず、とりあえず血のついている部分にバスタオルを敷いて、横になる。
 雅人のほうに体を向けたら、すかさず彼は体を反対に回転させ、私に背を向けた。
(とことん嫌われたな。腐った魚の血だもんね……)
 私は広い背中を見つめながらそう思う。
 浅い眠りの中。
 私は真っ赤に染まった池に、大量の魚が浮いている光景を見ていた。
 夢の中の私は池のほとりに立ちながら、これが夢なのだと分かっていて、目覚めようかこの世界に留まろうか迷っている。
 真っ赤に染まった池から、汚染された生臭い血の臭いが放たれ、周囲に充満している。
 私は両手で鼻を押さえて臭いを防ごうとするが、堪らずに吐き気をもよおして、頭を池に突き出した。
 真っ赤に輝く水面に、私の姿がはっきりと映し出される。
「臭いのはお前自身だよ」
 水鏡に映し出された女はそう言って、私をあざ笑った。

    ◇

 私は派手な襟つきブラウスをワードローブから引っ張り出し、久々にそれを身に着けた。
 六月中旬の蒸し暑い朝。こんな日に襟の高いブラウスなんて着たくはないのだが、私の首筋には例の吸血キスマークがくっきりと残されている。このブラウスなら普通にしていれば隠れて見えないだろう。
 未婚のキャリアウーマンばかりが集まる職場に、派手なキスマークなんてご法度だ。
 ――なかったこと。
 雅人にそう言われたものの、このキスマークは生々しく昨晩の出来事を思い出させる。
 結局、あのあと二時間ほど仮眠をして、私たちは揃ってホテルを出た。
 退室する際、私は血のついたシーツを心配したが、雅人が内線電話で一言「彼女が生理で」と謝ると「よくあるんで気にしないで下さい」と簡単に事は片づいた。
 それからホテルの前で気まずく別れ、一人タクシーで帰宅した私は浅い眠りを繰り返した。
 今朝は私の頭に重く湿ったタオルが入っているのではないかと思うほど、陰鬱とした気分だ。
 雅人に血を吸われたからではない。
 昨夜はあまりにも夢見が悪かった。
 浅い眠りに落ちるたびに、あの腐敗臭のする血池の夢を見た。
 夢なのに、まだ鼻の奥に腐った血液の臭いが染み込んでいる感覚すらする。
 通勤途中に朝食代わりの缶コーヒーを飲みながら、私は自分の腕を眺める。
 皮膚の奥に透けて見える血管。会社の健康診断では引っかかったことなんかない健康優良児なのに、この血は雅人に吐き気をもよおさせるほど不味いのだ。
 私はたくさんの男とエッチをしてきたから不味いらしい。反対に穢れのない処女の血は美味しいらしい。
 でも、なんだか納得がいかない。
 生理不順でピルを飲んでいた時期でさえ、性病対策でコンドームを使わせるほど、私は徹底して下半身の管理をしてきている。これは流されやすい自分と約束した〝これだけは絶対流されない〟という決め事だ。
 だから乱れた性生活ではあるけれど、徹底して精液は体の中に入ってはいない。たまにはゴックンする時もあるけど、ドライなトモチン相手ではそんなのレアケースである。
(何が私の血を不味くさせるんだろ……)
 いつもよりも不味く感じる缶コーヒーを飲みながら、私はそう思う。
 まずい女なんて……なんだか……すごく、すごく、惨めだ。
「美味しい血になりたい」
 私は独り呟くと、陰鬱な気分を振り払うように、頭の中で今日の仕事の予定を立てる。
 この仕事が好きだ。
 決して〝ファッションデザイナー〟という言葉から想像するような、華やかな仕事ではない。一企業で働くデザイナーは、自分の意思を殺して数字を追わなければならない。時には辟易としながら意にそぐわない商品を生み出さなければいけない。
 それでも私はこの仕事が好きだ。
 なんでこんな男とヤっちゃったんだと後悔の念に駆られた時は、サクッと連絡先を削除して仕事を始めれば、つまらなかったセックスも忘れられた。
 だけど今日は違う。
 自分の中のルールを破って、会社内に手をつけた罰だ。
 管理職が順番に担当する朝礼の挨拶。今日は〝諏訪課長〟の当番らしく、彼は一歩前に出て話しはじめた。
「おはようございます。今日は午前十時から営業部と企画部による合同ミーティングが会議室であります。営業のほうからは厳しい意見も出ると思いますが、展示会まで残り一ヶ月。より動く商品を目指して協力していけたらと思いますので、よろしくお願いします」
 彼は昨晩の情事も吸血騒ぎも知りません、というようないつものクールな〝諏訪課長〟を気取っているけれど、私はブラウスの下に残るキスマークと共に全部覚えている。
 私を見つめた切れ長の瞳。
 私の全身にキスをした形のいい唇。
 私を優しく抱きしめた逞しい腕。
 私を濡らした長い指。
 そして私を拒否した広い背中。
(あ~、悔しいけど、さすが私の選んだ男。中毒性があるな)
 自分のデスクに戻りながら、私は昨晩のエッチを生々しく思い出していた。
 こうやって次の日まで前日の情事を引きずっているなんて、私にとっては珍しい。いつもなら大抵、翌日には賢者モードで五割減に男の評価が下がり、次の連絡があるまで思い出さないことがほとんどなのに。
 とびっきり優しく、蕩けるほど丁寧に、私を宝物のごとく扱ってくれた雅人。
 あんなセックスができるなら、死にかけるまで血を吸ってもらってもかまわない。
 もちろん腐った魚の血を持つ私は、全力でお断りされるんだろうけど。
(仕事しよ!)
 私は気持ちを切り替えると、プレゼン用の資料を最終チェックする。
 今日予定されている営業部と企画部の合同ミーティングは、気を引き締めてかからないと乗りきれない。毎日神経をすり減らしながら、少しでもいい商品になるよう作業を積み重ねた仕事の発表である。