ロミオとジュリエットの結末

あらすじ

隣国キアロモンテから遊学に来たアントニエッタ王女。その王女付き女官に配属されたジュリエンヌには、幼い頃に婚約したフェルディナンがいた。護衛騎士である美しいフェルディナンを愛しているジュリエンヌだが、彼の心はアントニエッタ王女に……? そんなジュリエンヌにキアロモンテの外交官であるロメオが近づく。ロメオとジュリエットの恋を再現できる、と囁くロメオ。だがジュリエンヌはフェルディナンへの愛を貫く。それが報われぬ恋であったとしても。せつないすれ違いのファンタジーロマンス!

キャラクター紹介

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ジュリエンヌ

隣国から遊学に来た
アントニエッタ王女
付の女官に配属され
る。フェルディナン
と婚約中。

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フェルディナン

ベレコヴォワ侯爵家
の後継者であり、王
国の護衛騎士。ジュ
リエンヌの婚約者だ
が…?

試し読み

 何とも落ち着かない気分で、扉に視線を向ければ、それと同時に廊下に続く扉が開いてトレイを片手にフェルディナンが姿を現した。その瞬間に視線がしっかりと合って、彼は一瞬瞳を瞬かせた後可笑しそうに笑った。
「落ち着かない?」
 ローテーブルにトレイから―黒すぐり(クレーム・ド・カシス)のリキュール瓶とグラス、チーズやナッツなどを並べてフェルディナンがジュリエンヌの隣に腰を下ろす。
「知っているはずなのに……知らない気がして……でも見慣れている部屋だから……何だか変な気分です」
 彼の問いに素直に答えれば、彼が再び可笑しそうに声を上げて小さく笑った。
「これはジュリエンヌが今日持ってきてくれたらしいね?」
 リキュール瓶の栓を抜きながらかけられた言葉にジュリエンヌは小さく頷いた。
「初物です。今年の黒すぐりは甘みが強いので、去年とは違った風合いが楽しめますよ」
 氷が入ったグラスにリキュールが注がれて、甘酸っぱい香りが室内に広がる。ジュリエンヌにとっては馴染み深い香りだ。
 二人でグラスを合わせて、口に含めば口内に香りと同様に甘酸っぱい味が広がる。
「確かに……今年は甘さが強いかな」
 口に含んで少しだけ顔を顰めたフェルディナンにジュリエンヌは小さく笑う。甘いものがそんなに得意ではないはずなのに、こうしてジュリエンヌに合わせて飲み物を選択してくれるのは彼の優しさだろう。
 こんな優しさに包まれながら、騎士団内であった面白可笑しい話を彼から聞いて二人で笑い合うのがジュリエンヌの楽しみだった。決して自分は悪乗りしない癖に、他人のそれを面白がって見ているのが彼だ。偶たまに巻き込まれてその被害にあうこともあるらしいが、最終的にその場を収めて収束させるのが彼の役目。根っからのお兄ちゃん気質なのだろう。だからこそ、こうして彼はジュリエンヌにも実の妹よろしく……実弟=フェルディナンの弟シャルロ以上に可愛がってくれる。
 ジュリエンヌに何かを押し付けたりしない。シャルロのように嫌がらせをしたりもしない。いつも目の届くところにいて、見守っていてくれる……それがフェルディナンだ。
 ———真夏日に涼しい木陰を作ってくれる大きな木の様な人……。
 ジュリエンヌはこうして守られている。
 では、そんな大きな木は誰が守ってくれるのか……。
 隣に腰を下ろしていても見上げるほど大きい。それは別にジュリエンヌが小さいというわけではない。ジュリエンヌは標準的な身長だ。元々このベレコヴォワは武の家系であり、この家に生まれた男子はまず間違いなく騎士になるものと決まっている。その血筋故か、身長は高く、肩幅は広く、身体を覆う筋肉は厚い。
 ぼぅっとフェルディナンを見上げていれば、そっと手からグラスが取り上げられて間合いを詰められる。彼の整った顔があと少しの距離に近づいてきたところで、脳裏にアントニエッタの顔が浮かび、反射的にジュリエッタは顔を逸らした。自分の取った行動に気が付いたのは、柔らかいものが自分の左頬に当たった瞬間である。
「ジュリエンヌ……?」
 唇を離したフェルディナンが訝しげな視線をジュリエンヌに寄越す。
 しかし、一番自分の行動に驚いていたのは他の誰でもないジュリエンヌ自身である。自分が理解できなくて瞳を何度も瞬かせれば、困った様にフェルディナンが小さく笑った。
 さらりと髪を撫でられて、そのままフェルディナンはジュリエンヌの毛先に口付ける。そのまま今度は頬を撫で、顎を捉えて啄(ついば)むような口付けが落とされた。
「僕からの口付けは嫌?」
 至近距離で問いかけられて、ジュリエンヌはふるふると頭を振る。
 口付けが嫌なわけではない。
 ただ、アントニエッタを思えば申し訳なくなって居た堪れなくなったのだ。
 このまま妹でしかない自分が彼の口付けを受けてしまっていいのかと……本当に受けるべき相手は自分ではなく他にいるのではないのかと……そう思ってしまったのだ。
 頭を振って否定をしたことに、フェルディナンは穏やかに微笑んだ。彼が「良かった」とひとこと呟いて、ジュリエンヌの頬に手を添え、額、目蓋、鼻、頬……と順に唇を落としていく。そして、最後に軽くジュリエンヌの唇に落とされたそれは、ちゅっと軽いリップ音を響かせて離れた後、次に触れ合った時にはぬるりとジュリエンヌの口内に侵入した。

 7
 彼女の瞳は深い森にある湖の湖面を思わせる。
 無色透明であるはずの水面(みなも)に太陽に照らされた緑の木々が映る瞬間の神秘的な色。
 そんな瞳に真っ直ぐに見つめられれば、誰もが魅入られるはずだ。淡くて深い不思議な色合いに惹きつけられるように湖の畔(ほとり)に咲く一輪の赤い花にそっと唇を寄せる。そんな行動の中に、彼女の手から中身の入ったグラスを取り上げる理性があったことは無意識とはいえ賞賛に値すると思う。
 しかし気まぐれな赤い花は、春の風に吹かれるが如くすっとフェルディナンの目の前を横切っていく。
 口付けを避けた彼女の行動に、焦りすぎたかと眉根を寄せる。理性的な行動を常日頃心がけているフェルディナンでもこと彼女が関わることにおいてはその理性という仮面が剥がれ落ちる。まるで甘い蜜の香りに吸い寄せられる蜂の如く抗い難い魅力に理性を失うのだ。
 彼女は野生の小動物みたいなものである。
 警戒心が強く俊敏で臆病な生き物だ。
 突然手を伸ばせば逃げられるし、無理に手を出せば牙を剥く。しかし、ゆっくりと時間をかけて慣らしていけば、最終的には手に乗るほど懐いてくれる。
 怖がらせないように、脅えさせないようにそっと彼女の亜麻色の髪に触れる。一房取ってその毛先に口付ける。髪の先まで甘い彼女の香りがした。
 それを拒否されないことを確認すると、頬を辿ってそっと細い顎を捉えて逃げられないように固定し、触れるだけの口付けを落とす。
 これも避けられなかったことに内心ほっと安堵の息を吐きながら、穏やかに問いかける。
「僕からの口付けは嫌?」
 これで嫌だと言われたら、確実に立ち直れなくなるのはわかっているが、大人しく受け入れてくれたことでその返答がないことはわかっている。案の定、彼女が頭を振って否定の意を示したので、フェルディナンから笑みが漏れた。
 わかってはいても、彼女から否定の言葉を聞かされるのではと思えば自然と身構えてしまうのだ。慎重に額、目蓋、鼻、頬と唇で辿っていき、最後に唇に行き着く。今度は逃げられないようにと、そっと手を後頭部に回して、触れ合った唇の間から彼女の口内へそっと舌を差し入れた。
 彼女自身が水辺に咲く花なのではないかと錯覚するほどの甘い香りと味。それを堪能するように口内を余すところなく舐め取っていく。
 彼女の吐息でさえも奪い取るようにして唇を合わせ、空いた反対の手で彼女のドレスの胡桃釦(くるみボタン)を外す。そして、そのまま尻の下に手を滑り込ませると、一気に膝の上に持上げた。
 突然近くなった距離にジュリエンヌが羞恥で頬を真っ赤に染める。
 逃げられないように腰を抱き、宥なだめる様に触れるだけの口付けを繰り返す。反対の手はそっと脚を辿り、ドレスの裾から中へ滑り込ませた。
 薄い絹の靴下の肌触りを確かめるようにそっと太腿まで撫で上げる。
 ぴくりと反応を示したジュリエンヌにフェルディナンは口の端で微かに笑みを浮かべた。
 背中で編み上げられたリボンをゆっくりと時間をかけて解いていく。
 眼前に晒さらされた眩まばゆいばかりの白い素肌にフェルディナンは目を細める。
 上半身からドレスは滑り落ち、彼女が今身につけているのはコルセットと下着のみである。
羞恥のためかフェルディナンの胸元にぎゅっと身を隠すように飛び込んできた彼女をそっと抱きしめる。
「……フェルディナン……様」
「なんだい?」
「ここじゃ……いやです……」
 彼女の今にも消え入りそうな呟きに、フェルディナンは仄かに笑みを浮かべる。
 私室が嫌だということは、裏を返せばここでなければいいということ。
 言質 は取ったとばかりに、彼女を抱き上げてそのまま寝室に連れ込む。
 彼女が身につけているものを全て取り払い、寝台の上に寝かせれば、白いシーツの上に亜麻色の髪が甘い香りと共にふわりと広がった。
 それに惹きつけられるように、堪らずフェルディナンはジュリエンヌに覆いかぶさった。
 彼女の唇に己のそれを重ね、何度も角度を変えては貪る。
 彼女のまろやかな膨らみに手を伸ばし、その形と柔らかさを確かめる様に優しく揉みしだく。
 首筋をねっとりと舐め上げ、舌で鎖骨を擽(くすぐ)り、赤く色づいた膨らみの先端を口に含めば、彼女が小さな悲鳴とも呼べる声を上げた。
 そのまま舌で舐め転がし、時に吸い上げる。
 掌で薄い腹から腰を撫でそっと中心部に辿りつけば、彼女がびくりと身体を震わせて反応する。そのまま中指をそろりと差し込めば、くちゅりと音をさせてフェルディナンの指を飲み込んだ。十分に潤ったその反応に、知らず知らずのうちにフェルディナンの口角が上がる。
 卑猥な水音が響くほど内部を掻き回し、ジュリエンヌの良い場所を擦り上げる。
 声にならない音が小刻みにジュリエンヌの口から漏れ出て、時折その小さな口から覗く赤い舌にそそられ唇を重ねて吸い上げる。
 夢にまで出てくるほど望んだ久々の彼女との逢瀬である。
 堪らずにフェルディナンは指を引き抜くと、既に勃ち上がって自己主張する己の分身を彼女のそこにあてがいぐっと腰を押し付けた。
 ジュリエンヌが瞠目し、小さく上げた声はフェルディナンの口内に吸い込まれ、彼女の内部は難なくフェルディナンを飲み込んだ。狭い内部がフェルディナンを締め付け、久々の感覚に吐精をぐっと堪こらえる。
 ———堪らない
 フェルディナンがジュリエンヌを初めて抱いたのは、彼女が十六歳の時である。
 この国は婚前交渉に関して比較的好意的な国である。
 もちろん相手が不特定多数であるような場合であったり、婚約すらできないような十六歳未満の相手とそういった行為に及べば非難の対象になる。しかし、常識の範囲内であれば貴族位であったとしても特に問題視されることはない。
 それはおそらく自己防衛という意味での避妊の文化が根付いているからであろう。年頃になれば親の責任として男女問わず避妊薬を摂取させる親が大半だ。
 婚前交渉に関しては寛大であっても、婚前子に関しては否定的な国である。
 古い時代には女性を無理矢理にでも妊娠させて婚姻を迫るという野蛮な行為があり、国の政策として女性の婚姻年齢の底上げと同時に、女性の身を守るために避妊が奨励されたのが始まりだ。
 それもあって、あまり国内において処女性というものは重要視されていない。唯一例外があるとすれば、それは王家に嫁ぐ場合に他ならない。古い時代の名残なのか、王族と婚姻を結ぶ場合は未だに乙女であることが必須とされていた。
 つまりは乙女でなければ王家に嫁ぐことができない。
 ジュリエンヌが十六歳になった時に、フェルディナンは外地任務が決まっていた。通常であれば、ここで正式な婚約をするのであろうが、両家共にそれは望まなかった。
 外地任務は殊の外危険であり、場合によっては命に及ぶことすらあるのである。よしんば命が助かったとしても、大怪我を負ったりすれば長子であれども後継者としての存続が危ぶまれる場合もある。
 元々この婚約は両家の関係改善のためのもの。両家間で婚姻が成立すれば良く、もっと明け透けに言えばベレコヴォワ家にジュリエンヌが嫁いでくれさえすれば良い。その相手は別にフェルディナンでなければいけないという理由はないのである。
 そんな思惑もあって延期された正式な婚約であるが、王家を介してのものであるため貴族内においてはほぼ正式な婚約と同等に見られている。そうであれば、撤回が可能なのは取り持った王家のみ。
 ということは、もしもフェルディナンが外地任務に出ている際に、ジュリエンヌが王族の誰かに見初められでもしたら目も当てられないことになる。王家には友である王太子の他に年齢の近い王子が三人。王太子の従兄弟が四人いる。そのうち三人はまだ正式な婚約に至っていないのだ。
 それもあって勝手な想いではあったが、外地任務を無事に終わらせて戻ってくるためにも、憂いは排除しておきたかったのである。
 だからこそ、彼女が十六になったその日に、フェルディナンはジュリエンヌを何とか言いくるめて己がものにしてしまったのだ。

 8
 フェルディナンがジュリエンヌのことを初めて知ったのは彼が六歳の時である。
 彼の母親の女学院時代の友人のお茶会の場であった。
 最低月二回各家が持ち回りで行われるそのお茶会は、親しい友人同士の集まりという側面だけでなく、それぞれの子どもたちを社交に慣らせていこうという思惑もあったのだろう。
 友人たちの中では比較的結婚が早かったフェルディナンの母は、当然ながら長子であるフェルディナンを身ごもり産み落とすことも周りより早かった。そんなこともあり、お茶会に集まる子どもの中でも彼は最年長であったのである。そのため、彼らの中では兄にも等しい存在であり、母親にお茶会に連れていかれれば、子どもたちの面倒を見るのはフェルディナンの役目でもあった。
 十数人の子どもが集まるその中で弟であるシャルロと同い年でありながら、皆の輪に入れない少女が一人。それがジュリエンヌだった。
 最年少で周りの子どもたちよりも身体が小さく、そして普段あまり同じ年頃の子どもたちと関わらないためかひどく引っ込み思案であった。そのせいなのか、周囲に置いていかれることもしばしば。そのたびにフェルディナンが世話を焼き皆の輪に引き戻すのである。
 同い年の弟がいるとはいえ、小さな少女の面倒を見るのは簡単なことではない。それでも根気強く続けていられたのは、彼女が他の誰でもないフェルディナンだけに嬉しそうに笑いかけ、全幅の
信頼を持ってその手を差し伸べてくるからであったろう。
「フェルにいさま」
 そう少しだけ舌足らずな口調で呼びかけてくる相手に、誰が冷たく突き放すことなどできようか……。
可愛い可愛い小さな妹。
 その時から、フェルディナンにとって彼女は守るべき存在となった。
 それから二年して、ジュリエンヌの家に彼女の弟が生まれた。彼女とは似ていない、彼女の父である侯爵に良く似たマティスの誕生である。これにより、フェルディナンとジュリエンヌの関係は大きく変わることになった。
 この国は女性に爵位継承権がないわけではないが、長子相続男子優先の継承順位を基本としている。それ故、彼が生まれたことによりマティスに継承権が移り、この時点でジュリエンヌは将来どこか他家へ嫁ぐことが事実上決定したのである。
 それに目をつけたのが、王弟であるエスコフィエ公爵である。彼の人が実兄に働きかけ、ベレコヴォワ家とクーヴレール家の架け橋にとフェルディナンとジュリエンヌの仮の婚約を纏まとめ上げたのである。
 若干八歳と三歳の子どもが婚約だと言われて何が理解できるだろう。父親同士の間でエスコフィエ公爵を承認者として行われた仮の婚約手続きなどまだ幼い二人にとっては知る由もなかったのである。
 しかし、それにより大きく変わったことといえば、彼女の母がジュリエンヌを連れてベレコヴォワ家を訪れる機会が増えたことだろう。落ち着きのない弟が一緒に遊ぶということはあまりなく、フェルディナンはそんな折にはいつもジュリエンヌを膝に抱えて少女が好む童話を読み聞かせたものだった。そのために、ベレコヴォワ家の書架に童話が増えたなどと彼女は知らないだろう。女児のいないベレコヴォワ家にその類の本が多くあるのはそんな理由であった。
 しかしそんな関係もフェルディナンが十三歳の時に終わりを告げた。彼が寄宿学校に入学するためである。十三歳から四年間寄宿学校にて紳士の何たるかを学び、その後ベレコヴォワ家の男子の例に漏れず騎士養成校に進んだ。
 休暇の折に王都で土産と称して女性が好む物を買い求め、彼女に会いにいけばはにかんだように微笑む彼女に少女らしい可愛らしさを見みい出だ して心が温かくなった。
 そんな気持ちが変化をしたのは、騎士団入団後に先輩に連れていかれた花街でのことである。何回目かの時に店であてがわれた娼婦は、亜麻色の髪を持っていた。姿形はまったく似ていないのにも拘かかわらず、なぜかジュリエンヌを連想してしまった。皮肉にも小さな妹が女性であると気が付いた瞬間だった。
 そこからはもう駄目だった。
 女性の身体を知ってしまった自分が今の状態で彼女と顔を合わせてしまえば、どんな行動を取るかはわかっていた。誰よりも慈しんでいるはずなのに、それと相反する気持ちがフェルディナンの心を占めるのである。それに気が付いた時の愕然とした思いは今でも忘れられない。
 彼女にとってフェルディナンは優しい兄でしかない。
 そんな風に自分を思う彼女に浅ましい気持ちを押し付けられるはずもない。悶々としながら訓練に明け暮れる日々が過ぎて、三年間の訓練期間が終わる直前に事件は起こった。貴族にとっては何のことはないごくありふれた話だ。
 同期の騎士の一人が仮の婚約者であった女性に一方的に破談を言い渡されたのである。相手の女性が十六歳になる直前に上位貴族の男性から正式婚約の申し入れがあったためということだった。
 騎士団内にも仮の婚約者を持つ騎士は多い。自分たちはこの訓練期間が終われば、五年間は外地任務に出されて戻ってこられない。同期の話を聞いた誰もが危機感を持っただろう。
 現に、ベレコヴォワとクーヴレール両家の間でも、万が一の場合に備えて、正式婚約はフェルディナンが外地任務から戻ってからと当時決まったばかりであった。
 フェルディナンの場合は些いささか特殊な例ではあるが、いつ何時王家の人間が口を出さないとも限らない。
 だからこそフェルディナンは、外地任務前の休暇でジュリエンヌと身体を重ねたのだ。彼女には、離れている間の繋がりが欲しいと言いくるめて……。
 口にこそしなかったが、これでもし任務中に自分に何かがあったとしても悔いはないと思ったのもまた事実。もちろんみすみす彼女を手放すつもりは当時も今も一切ない。
 そしてやっと外地任務から呼び戻されてみればこれである。
 隣国キアロモンテのアントニエッタ王女の遊学と称した避難。
 実家が由緒ある武の家系であること、王太子の学友であること、王家に取り持たれた婚約者がいることと騎士としての腕が認められて、彼女の護衛騎士に任命されたのである。
 それによって、本来であるならば早々に正式婚約するはずだった話も、この案件が片付いてからということに先送りされた。
 唯一まだ良かったと思えることは、王女殿下の女官としてジュリエンヌが同じ空間に控えていることだろう。触れ合うことはできないが、その姿は視界に収められる。
 あれから七年経った彼女は随分と大人の女性になり、一人前の王宮女官として働いている。それは頼もしくもあるが、少しだけフェルディナンに寂しい気持ちも思い起こさせた。
 ジュリエンヌは誰に臆することもなく堂々と話し、意見を述べ、そして場を取り仕切る。
 臨時の主である王女殿下の受けもすこぶる良い。
 昔は想像もできないほど人見知りであったのに、その面影はどこにもない。堂々とキアロモンテの外交官と言葉を交わし、微笑み合う。
 その自分に向けられない笑みにどれほどフェルディナンが苦い思いを感じているかなんて彼女はおそらく気が付いていないだろう。
 きっと彼女の中では今もフェルディナンは優しいだけの兄のまま。それでも良いと思っていた。
 彼女が恋を知らないのならば、その前に名実共に自分のものにしてしまえばいいと。
 それでも状況がそうはさせてくれない。
 いつまで経っても自分たちは中途半端な関係のまま。
 隣で疲れて眠るジュリエンヌの頬にそっと手を滑らせる。
 こうして身体を重ねてもどんな保険にすらならないことはフェルディナン自身わかっているのだ。それでも手を伸ばさずにはいられない。
「早く帰ってくれたらいいのに……」
 口には出せない本音が漏れる。
 そうは簡単にいかないことは理解しているが、そう思わずにはいられなかった。